明治維新胎動の地、松陰神社/山口
明治40年(1907)、松下村塾出身の伊藤博文や野村靖が中心となって、ほこらを公の神社として創建しようとして、当時の社格制度の中で県社社格をもって創建が許可され、土蔵造りほこらを松下村塾南隣に移して本殿としたという松陰神社。 戦後、社会情勢が落ち着くと、厚東常吉などが中心となり新社殿屋根を銅版に葺き替えるなどの改修工事をおこない、ついに昭和30年(1955)10月26日に御祭神が新社殿に遷座されました。 これが現在の松陰神社本社とのこと。 翌昭和31年(1956)には、旧社殿を新社殿北隣に移し、松陰先生の塾生、門下生を御祭神とする末社・松門神社が建立されました。
平成22年(2010)、松陰先生御生誕180年記念に10柱を追合祀して現在その御祭神は52柱とのこと。
なんだか心が浮き立つような活気が流れている神社でした。